言葉だけでいいから、僕のこと、信じてくれないか。
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 少年はいつも一人で遊んでいる。キャッチボールの相手はいつも案山子。そんなある日、少年は向日葵畑で怪我をしたカラス/男を発見。少年はそっと箱に入れて家に持って帰り、母親に尋ねる。
 
 「ねえ、お母さん、家で飼ってもいい?」

 当然受け入れられるはずもない。その後少年は暫しの間、カラス/男と戯れる。念願の、キャッチボール。だが、カラス/男は突然動かなくなってしまうのだった・・・
 一見明瞭なストーリーがあるようでいて、曖昧な作りになっているのが面白い。それは、カメラがあくまで子供の眼差しだからだ。(バンドのメンバーが現れるのはご愛敬だけれども。)ひょっとして、カラス/男は父親ではないのだろうか?そんな想像力をかき立てられてしまうPV。

 Modest Mouseはアメリカらしからぬアメリカのユニークなギター・ポップ・バンド。日本ではまだあまり紹介されていないようだ。

 ふと、遠い夏の日を思い出す。子供時代に向日葵畑なんて見たことがないはずなのに。




→"Ocean Breathes Salty"video※ページ一番左上のvideoです。

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 6月27日の朝は、晴れ渡った空の下、さわやかな夏の日だった。午前10時近くになると、村人たちが広場に集まり始める。この村には毎年この日に「くじびき」をする慣習があった。この「くじびき」は今年で77年目であり、村の最長老のワーナー爺さんでさえ、その起源を知らないほど古くからある慣習であるらしい。くじはまずそれぞれの家族の代表が引く。その後、当たりを引いた家のものがもう一度引いて当選者を決めることになっている。
 さて、進行役のサマーズ氏の音頭で行事が始まった。ハッチンスン、ダンバー、ワトスン…。次々にくじを引いていく。結果、今年の当たりくじを引いたのはハッチンスン家だった。そのため、主のビルと妻のテシー、そして子供のビル・ジュニア、ナンシー、デーヴの5人が2回目のくじを引く。果たして当たりくじは誰が引いたのか。それは妻のテシーだった。テシーは狼狽して言う。

 こんなの公平じゃないわ。正しくないわ。/It isn’t fair, it isn't right.

 テシーはくじの無効を訴えるが、誰にも聞き入れられない。村人たちは一斉に手に石を持ち、彼女に躙り寄る・・・

 Shirley Jackson (1916-1965)『くじ』(THE LOTTERY )は、アメリカでは非常にポピュラーな短編のひとつ。1948年、雑誌「ニューヨーカー」に『くじ』が掲載された当初、「これ以上『ニューヨーカー』を講読したくない」という何百通もの手紙が編集部に届いた、というエピソードがあるほどの問題作となった。時代は第2次大戦の直後、人々の反響は想像に難くない。
 この作品の怖さは、日常性に潜む暴力であり、その残酷な慣習があまりにも当たり前の日常風景として定着していることにある。のどかな村の情景、何気ない家族間のやりとりから、物語は一気に悪夢へと疾走するのだ。何故彼女は殺されなければならなかったのだろうか。ワーナー爺さんと村人たちの会話から、「くじ」が共同体を維持するために欠かせないシステムであることが暗示される。だが、それが何故なのか、説明は一切無いのである。当の村人たちでさえ、疑問に思っている節はない。そのことが僕らの恐怖を増幅させる。この村は果たして僕らの住む世界とは全く異質の物語世界に過ぎないのだろうか?くじ引きの様子は、某国の選挙の様と似てはいないだろうか?「私はただ物語を書いただけ」とシャーリーは言うのだが。

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