言葉だけでいいから、僕のこと、信じてくれないか。
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先日、mixiの住人に教えてもらった爵位認定診断

こういう類のゲームは昔からあるけれど、「爵位」という発想がユニークだ。診断後に、

あなたはすばらしい貴族です。
○爵位を授けます。
あなたは貴族として血筋、能力ともに優れた人物のようです。
これからは~公、~卿とお呼びします。

という画面が出てくる。この診断で一喜一憂する人はそう多くないと想像する。大概は笑ってこの画面を閉じるだろう。日本という社会では、「爵位」というものにリアリティがないから、真剣に取り合う必要がないのだ。
しかし、僕はこの画面を見ていたら幾分混乱してきた。「~公」と呼ばれるのは、本来「公爵」のことだ。侯爵、伯爵、子爵、男爵を、そもそも「~公」と呼ぶことはない。おそらく、敬称の‘Lord’を「公」と訳してある辞書を参考にしたのかもしれないが、これは間違いである。そもそも、公爵に「Lord…」と呼びかけることはない。The Dukeか、使用人からはHis graceと呼ばれる。では、「~卿」とは何か?実はこれが厄介な代物であることが本日のテーマ。この「爵位認定診断」の制作者を弾劾するものでは、決してない。
まず、そもそも爵位とは何であるのか確認しておこう。爵位には、

Duke, Duchess(公爵)
Marquees, Marchioness(侯爵)
Earl, Countess(伯爵)
Viscount, Viscountess(子爵)
Baron, Baroness (男爵)

があり、いずれかの爵位を持つ人間をPeerage(貴族)と呼ぶ。左が男性の貴族の爵位、右が女性の貴族あるいは貴族の夫人である場合の爵位である。(後者に関しては一体どうやって訳し分けるのか、といった問題も残る。リーダーズ英和辞典には、「~爵夫人[未亡人]; 女子爵」等とあるが、これにはそういった事情があるのだ。)以上の貴族には、敬称「Lord」をつけて呼ばれるが、Duke(公爵)は前述したように例外である。厳密には貴族ではない、貴族の息子たちにも敬称が付けられることもある。
さて、本題に入ろう。「卿」はそもそも、英語で何を指すのか。実は国内の辞書ではこれらの訳語がかなり混乱している。敬称「lord」の訳語として充てられているなら問題はない。しかし実は、「Sir」の訳語としても充てられていることがあるので注意が必要だ。なぜなら、この「Sir」は貴族ではないからである。「Sir…」と呼ばれるのは、国益のために多大な貢献をしたと認められ、国王からBaronetもしくはKnightの称号を授かった人間のことを言う。つまり、日本でいう文化勲章受章者みたいなものだ。(ただし、Baronetは世襲制、Knightは一代限りである。)このことがわかると、Sirを「卿」と訳した場合、どれだけ混乱が生じるかは自明というものだ。しかも、Baronetの訳語は「准男爵」、Knightの訳語は「ナイト爵」であり、これらの訳語を見て、読者が貴族だと誤解しても不思議ではない。
さて、こうなってくると僕らが貴族だと信じていた「~卿」の存在が、大分怪しくなってくる。とりわけ、19世紀の推理小説の翻訳はどこまで信じていいものか。貴族だと思っていた人間が、実はただの地主(baronet)だったりするのだから困ってしまう。

こんな記事も気になってしまうかもしれない。以下はインターネットで見かけたメールマガジンの抜粋。

<エルトン・ジョンに貴族の称号授与 >
ダイアナ元妃の追悼曲「Candle In the Wind '97」をリリースし、その収益金を全てダイアナ・メモリアル基金に寄付したエルトン・ジョンが、昨年12月30日母国英国から音楽とチャリティーに深く貢献したとして、一代限りの栄爵であるナイト爵の称号を与えられた。エリザベス女王から授与されることになる。エルトン・ジョンの貴族称号授与はビートルズに次ぐ快挙。(http://www.milkjapan.com/1998ln02.html)

ここまでくれば、タイトルからして間違っていることが即座におわかりいただけると思う。爵位に関する誤解は数知れず、わかってしまったばかりに返ってわからなくなるのである。

というわけで、「卿」という言葉を巡ってあれこれ述べてきたわけだが、そもそも、イギリスの貴族とは何かを考えると頭が痛くなる。イギリスの階級社会は僕らが思っている以上に複雑な繁文縟礼に満ちているのだ。ここで説明しきれるものでは、決してない。


★尚、本稿は『英語青年』2003年5月号の植松靖夫先生の論文を参考にさせて頂いた。さらに詳細を知りたい方は、『現代英米情報辞典』(研究者出版,2000年)等を参照するとより理解が深まるだろう。

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以下は、11月10付、毎日新聞からの引用。

パレスチナ:イスラエル軍殺害の少年の臓器、イスラエルへ

 イスラエル軍に殺された12歳のパレスチナ人少年。その臓器が、6人のイスラエル人に移植された。報復が報復を呼ぶ「憎悪の連鎖」は断ち切れるのか。家族の真意と少年の死の真相を追って、戦闘が続くヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ジェニンに入った。【ジェニン樋口直樹】
 武装勢力の拠点であるジェニンは、絶えずイスラエル軍の攻撃にさらされてきた。02年4月には50人以上の住民が殺害され、数百軒の家屋が破壊された。がれきの山と化した難民キャンプの一角で、イスマイル・ハティブさん(39)一家は暮らしていた。
 3日午前10時半ごろ、三男アハマド君(12)は、自宅近くの路上でイスラエル軍に銃撃された。イスラエル北部ハイファの病院へ運ばれたが、5日に死亡した。「父親からもらった小遣いを握りしめて家を出た。絵を描くのが好きな、やさしい子だった」。母アブラさん(34)は、声を震わせた。
 脳死状態に陥った段階で、イスマイルさんは臓器提供を決断する。「兄は肝臓の移植手術を受けられずに死んだ。肝臓の提供者がいれば死なずにすんだ」との思いがあった。「アラブ人でもユダヤ人でも、息子の体の一部が役立てばいい」と申し出る。心臓や肝臓などが6人に提供された。全員がイスラエル人。「たまたまだ」と、移植コーディネーターは言う。
 移植のニュースはイスラエルの新聞やテレビで大々的に報じられる。パレスチナ人の臓器がイスラエル人に移植された例は過去にもあったが、子どもを殺された家族が相手方に提供するケースは「聞いたことがない」(病院関係者)からだ。だが、美談の陰に少年の死の真相は隠されていた。
   
 軍当局は「部隊が銃撃され、約130メートル先の武装した男に発砲した。その場で見つかった銃は、プラスチック製の(おもちゃの)銃だった」と発表。遺憾の意を表しながらも「兵士らの行動は正当だった」と主張した。
 疑問が残った私は、目撃者を訪ね歩いた。
 「塀の外へ出るな」。激しい銃声に、自宅の窓から外を見た警察官のハバイバさん(27)は、目の前の塀の内側で遊んでいたアハマド君と友だちの2人に、大声を張り上げたという。塀の外では、パレスチナ武装勢力とイスラエル兵士が銃火を交えていた。
 銃声が途切れ、アハマド君が塀の外へ出た時だった。銃弾が右側頭部を貫いた。助けようとした住民にも銃撃が浴びせられ、さらに1発がアハマド君の足に命中した。
 「あの子はおもちゃの銃を持っていなかった。持っていたのは塀の内側にいた友だちだ」と、ハバイバさんは証言する。現場が戦闘状態にあったことも、おもちゃの銃があったことも事実だが、「武装した男に発砲した」という軍の主張は極めて疑わしい。
 パレスチナでは、イスラエル側に殺された人のポスターを「殉教者」として作り、街に張り出す。殉教者らしく、子どもでも銃を構えた姿が一般的だ。でも、イスマイルさんらが作ったアハマド君を悼むポスターは違う。
 「パレスチナの子どもたちはなぜ殺されるのか」。ポスターには、大きな「?」とともに、こう書かれていた。
 「うちの子は銃を持っていなかった」。イスマイルさんは息子の死について、これしか語らない。一方で臓器移植については「平和の実現を望む我々のシグナルだと思ってほしい」と、泣き腫らした目に力を込めた。
 臓器移植の善意は伝わるか。死んだ息子は喜んでくれるだろうか--。ポスターをじっと見るイスマイルさんに、理想と現実との相克に苦しむ父親の姿を見た。
(毎日新聞 2005年11月10日 13時29分 (最終更新時間 11月10日 13時34分)
 JoyceのDubliners(『ダブリン市民』)を読んでいたら、The deadという短編の中に、「dumbbell」という単語が目に止まった。ふむ、ダンベル・・・念のため辞書を引くと、亜鈴という日本語が出てきた。亜鈴・・・亜→唖と考えれば、「押し黙った鐘」・・・どういうことだ?

で、調べてみた。Wikipedia(日本語版)によると、


 「ダン」は英語でdumb、「黙った」という意味。また「ベル」はbellで、教会の釣り鐘を意味する。字義どおりだと「黙ったベル」となるが、中世の騎士の時代に、文字通り「音を立てないベル」を持ち上げてトレーニングをしていた歴史の名残がある言葉である。日本語の「唖鈴(あれい)」は、dumbbellを直訳した語である。なお、「唖(おし:口が利けないさまを指す語)」の字は常用漢字に入っておらず、また差別用語とみなされることから、代用漢字「亜」を用いて「亜鈴」、または片仮名で「アレイ」と表記される傾向にある。パソコンの変換ソフトでも、「唖鈴」の語は登録されていないことが多い。


 なるほど。日本語の漢字は当て字だったのか。それにしても、中世の騎士と教会の鐘とはこれ如何に?で、英語版も覗いてみた。

Dumbbells, as a word originated in Tudor England―th e devices used for ringing church bells were widely k nown for their impact on increasing muscle size, crea ting a trend in the 16th Century which saw rich youn g men installing similar devices in their homes, cons isting of a pulley with a weighted rope which the use r pulled as though they were ringing a church bell. T hese were known as "bells", but as there were no actu al bells on the end of the pulling ropes and were sil ent, they came to be known colloquially as "dumb-bell s". Over the centuries, the pulley and weighted rope  fell out of fashion, leaving just the weight. By the  early 19th Century, the familiar shape of the dumbbel l, with two equal weights attached to a handle, had appeared.

(訳:ダンベルという言葉の語源はイギリスのチューダー王朝にあった。― 鳴り響く教会の鐘を用いたその装置は筋肉量を増強する効果のために広く知られており、裕福な若い男たちが自分たちの家に類似した装置を取り付けるという16世紀の流行を創り出した。その装置は重りをつけたロープをつけた滑車からなり、使用者はまるで教会の鐘を鳴らすかのようにロープを引っ張ったのだ。この装置は、「ベル(鐘)」として知られているが、引っ張るロープの端に取り付けられているのは実際の鐘ではなく、音がしなかったので、その装置は話し言葉で「ダンベル(黙った鐘)」として知られるようになった。数百年の間に、その滑車と重りのついたロープは流行ではなくなり、重りだけが残った。19世紀初頭には、二つの等しい重りが一つの取っ手に取り付けられている、類似した形のダンベルが出現したのだった。)

 なるほど。

 ちなみに現代のダンベルには2種類あるらしいが、ここでは割愛する。詳しく知りたい方はwikipediaを参照されたい。リンク先をたどれば、ダンベルと肉体改造についての浩瀚な?情報が得られるかもしれない。

ダンベルにも歴史があった。

 というわけで、それなりの理解は得られたわけだが、今更かもしれないが、インターネットでこれだけの情報が手軽に得られるのは凄いことだ。インターネットとOEDさえあれば、相当面白いことができるような気がしてくる。先日とある文学研究のシンポジウムに行ったのだが、引用がすべてインターネットという驚愕の文化研究があった。最近の文化表象論の研究はインターネットをフル活用して行なわれるという。そういう研究では膨大な量の情報(データ)を如何に捌くか、その力量が問われることになる。音楽でいったら、たくみにサンプリング音源を駆使するDJといったところか。でも残念ながら、僕は「ダンベルの研究」に没頭できるほど暇じゃないし、ここから話を広げてテクストに何かを読み込めるほど賢くもない。今日の記事は雑学特集、トリビアみたいなもの。結局、僕は再びテクストに戻っていくのだ。

※訳は管理人によるやっつけ仕事、意訳です。ご注意ください。

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